娘と二人、スコットランドはエジンバラへのプチ旅行。
つづきです。
エジンバラへは、ロンドンのガトウィック空港から1時間半で行けます。
実は、何も知らない私は、始めは電車でゆっくりイギリスの田舎の景色でも見ながらエジンバラまで旅しようと思っていました。ところが、電車代がべらぼうに高い
ということがわかり、諦めて空路にしました。
飛行機だと往復で100ポンド程で行けるのに、列車はその何倍もします。。。ナゼ? 皆さまも、スコットランドへ行く際にはお気をつけて。
Contents :
エリザベス女王が最晩年を過ごしたスコットランド
さて、去年から今年にかけて、エリザベス2世の崩御、チャールズ3世の戴冠などで、スコットランドの街の映像を見る機会がたくさんありました。そして、私も王族たちがぞろぞろ歩いたエジンバラのロイヤル・マイルを歩いてみたい!と思っていました。
それに、イギリスの王室は今、スコットランドにすごく気を使っているようです。エリザベス女王なき今、求心力がなくなって、スコットランドではイングランドから独立しようという機運が高まってきているからです。国王チャールズ3世がスコットランドを訪れている映像や写真を頻繁に見るようになりました。
そんなわけで、英王室史好きの私としては、どうしても今年スコットランドに行きたかったのです![]()
The Stone of Destiny(運命の石)
旅の2日目は、まあまあの早起きをしてエジンバラ城へ向けて出発。
入場のスロットが10:00-10:30でした。(最近はどこも、スロット制ですね)
お城は巨大な岩山の上にありますから、ゆっくり坂道を上って行かないと、体力の低下を感じ始めた今日この頃、急ぐと呼吸困難を起こしてしまいます。お忙しいNHS(イギリスの国民医療サービス。無料!)のお世話にはならないようにしないと!ということで、時間には余裕を持って行きました。

さて、心配性な私は、娘にバカにされながらもチケットはすべてプリントして持っていきます。
携帯を失くしたら、もうおしまいですからね。
(1台に2人分保存してはいますけど……携帯の盗難・故障・etc……念のためです。)
無事に入場して、まずは、「The Stone of Destiny(運命の石)」のあるロイヤル・パレスへ。
この石は、元々スコットランドの石で、歴代スコットランド王が戴冠の時に使っていたものです。それを、1,200年代にイギリスの国王エドワード1世がイギリスに持ち帰ってしまったのです。
それ以来ずっとイギリスにあり、イギリスの国王の戴冠式に使われるようになっていました。
もちろん、エリザベス女王の戴冠式でもチャールズ3世の戴冠式でもこの「The Stone of Destiny(運命の石)」が使われました。

戴冠式の際には、このように「The Stone of Destiny(運命の石)」をコロネーション・チェアの座面の下にはめるのです。(コロネーション=戴冠)王になる一連の儀式の中で、とても重要な役割を果たします。
王になる宿命を持って生まれてきた者だけが、この石の上に腰掛けることが出来るということで運命の石と名付けられたのでしょうか。
このような大きな石にはパワーがあるとされ、ロンドン近郊のキングストン<Kingston upon thames>にはサクソン・キングス<Saxon kings>時代に使われたとされる「The colonation stone(戴冠の石)」があります。大きな石には神が宿っている(石信仰)と考える日本とよく似ていますね。

この「The Stone of destiny(運命の石)」ですが、エリザベス女王在位中に元々あったスコットランドに正式に返還されました。
イギリスで戴冠式が行われる際には、スコットランドからその都度貸し出しを受けるよう取り決めがなされました。先日のチャールズ3世の戴冠式の際には、初めて貸し出されました。
そしてこの石はここエジンバラ城で保管されています。
この石を是非とも見たかったので(撮影禁止なので写真はありません)、旅の目的、1つ達成です!
「The Stone of Destiny(運命の石)」と一緒に、現在は使われていないスコットランド王室(ジェームス6世以前)の王冠や王剣なども、一緒に見学できました。
貴重なコロネーション・チェアにこんな歴史が!
実はこの戴冠式の椅子(コロネーション・チェア)、古いだけではなく落書きだらけなんです。
昔、まだセキュリティがユル~いのんびりしていた時代に、お隣りウェストミンスター・スクールの生徒たちによって、めいっぱい落書きされました
写真をチラと見ただけでも、傷だらけなのがわかります。
しかし、いたずらされた傷は修繕されずにそのまま残っています。エリザベス2世もチャールズ3世も、生徒の名前がいーっぱい掘られた椅子の上で、英国王になる最重要の儀式をしたのですね。

傷をそのままにしておくあたり、イギリスですね~
ありのまま、すべてが歴史の記録ということなのでしょう。
イギリスに住んでいると、この国の人たちの歴史あるものを残そうとする使命感、あるいは収集癖みたいなのを感じます。
それに、数百年、数千年昔のものが身近にある暮らしを誇りに思っていて、それらの歴史を語り、大事にしています。
古いものと言えば、我が家の玄関ドアもイギリス人夫はオリジナル(エドワーディアン、1901-10年)だと思っていて(恐らくそうだけど)、新しいものに変えようとせず修繕して使用しています。”オリジナル”が大事なイギリス人の典型です。オリジナルが残っているほど、感激&エキサイティングします。
コロネーション・チェアの落書きは、ウェストミンスター寺院のウェブサイトで見られます。
The Coronation Chair | ウェストミンスター寺院 (westminster-abbey.org)
メアリー クィーン・オブ・スコッツがジェームス6世を産んだ部屋

スコットランドの王は、ジェームス6世からイギリスの王も兼任することになりました。それは、チューダー王朝のエリザベス1世に子供がいなく、イギリス国内には王位継承者がいなかったためです。
エリザベス1世は、亡くなる間際(そうじゃないと暗殺されてしまう…)祖父(ヘンリー7世)を同じくするスコットランド王室のジェームス6世を王位継承者に指名しました。ジェームス6世は、イギリスでジェームス1世となりました。
ロイヤル・パレスでは、そのジェームス6世が生まれた隅っこのすごく小さな部屋も見ることができました。
実はこの部屋に気付かず次の部屋に移動してしまう人がほとんどです。私も見たいと思っていたのにどこかわからず、次の部屋へ移動してしまいました。でも次の部屋には明らかになかったので、ガイドの人に場所を聞きました。するとやはり先ほどの部屋で、戻ってみると隅っこにドアがあり、覗くと小さな部屋がありました。
ホントに小さな部屋でした。暖炉があり、シングルベッドを一つ置いたら周りをぐるっと回るのが精いっぱい、くらいの大きさです。でもそこで、メアリー・クィーン・オブ・スコッツ(スコットランド女王メアリー)はジェームス6世を産んだんですねー。見ることが出来て大感激です!

画像:Wikimedia commons/public domain
メアリー クィーン・オブ・スコッツは、幽閉中、エリザベス1世の暗殺の企てに乗りTraitor(反逆者)としてエリザベス1世のスパイに捕らえられました。女王復帰を諦めていなかったメアリーは、エリザベス暗殺後にメアリーをイギリスの女王にするというカソリック信者バビントンたちの計画にゴーサインを出したのです。そして処刑されました。(このドラマは映画化情報は下に⇩)
\エリザベス暗殺計画/⇩
でも彼女が産んだ息子ジェームス(6世)は、スコットランドとイギリスを統治する初めての王になりました。そんなふたり(メアリーとジェームス)の歴史が始まった小部屋を見られて幸せです。
素晴らしい眺めのレストラン
さて、「早めに行動して、早めにレストランに入って混む前に食事をとる」がお出掛け時の私のポリシー。
ランチタイムが近づき、早速目星をつけていたカフェ「Red Coat Cafe」へ。

なかなか美味しそうなお食事が並んでいます💗左端のローストビーフは、大きなチーズが2つも付いていなければ食べたかったです。たとえシェア用のプレートでも。(チーズって、どれだけ頑張っても一度にたくさん食べられないですよね~)
パイやコロネーション・サラダ(カレー味)など各種サラダ、スープなどがありました。
ほかにピザ釜もあって焼き立てが食べられます。

私は、パイとポテトサラダとスープ、娘はサンドウィッチなどを頂きました。どれも美味しかったです。
ケーキは、イングランドと同様、ザックリ、ドッシリした甘~いケーキが並んでいます。繊細で軽いケーキに慣れている日本人にはちょっと苦手ですね。
驚いたことに、アイス・コーヒーを販売していたのでオーダーしました。アイス・コーヒーは日本発祥ですよ。フツーにドトール(スタバは苦手)のアイスコーヒーのようなコーヒーで美味しかったです。
このカフェはやはりお城だけあって、素晴らしい景色が望めました。

こんな感じでお城から城下が見渡せます。
この日は素晴らしいお天気
気持ちの良いランチタイムが過ごせました![]()