
サイオン・ハウス(Syon House)は、チューダー朝の歴史に度々登場する、ロンドンの西テムズ川沿いに建つノーサンバランド公爵(The Duke of Northumberland)の館です。
チューダー時代には、テムズ川を隔てた向かい側に王室の宮殿リッチモンド・パレスがありました。今はキュー・ガーデン(Kew Gardens)が広がっています。
現在のサイオン・ハウスの見学のメインは、ロバート・アダムによる素晴らしいインテリアを見ることですが、私にとってこのお屋敷で一番興味があるのは、チューダー朝からスチュアート朝にかけて、ここで歴史的で重要なことが起こったという事実です。
サイオン・ハウスの地下には、サイオン・ハウスの歴史を語る展示室があります。
ヘンリー8世の5番目の妻キャサリン・ハワード(Catherine Howard)は、2番目の妻アン・ブリン(Anne Boleyn)の次に処刑された女王でした。彼女は、不貞がバレてハンプトン・コート宮殿で逮捕された後、ここサイオン・ハウスに幽閉されました。
彼女が逮捕されたハンプトン・コートでは、逮捕の手を振り切ってヘンリーとの面会を求めコリドーを走る彼女の幽霊が出ると言われています。逮捕されると、通常はロンドン塔へ連行されますが、彼女は逮捕された直後サイオン・ハウスに連れて来られていたのですね。
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ヘンリー8世の5番目の妻キャサリン・ハワード

キャサリン・ハワードは、貧しい貴族の子供たちが集団で暮らす施設で育ちました。ですが、彼女はヘンリー8世の宮殿の中でも有力貴族だったノーフォーク公爵(The Duke of Norfork)の一族だったことで、4番目の妻アン・オブ・クリーブス(Anne of Cleves)の侍女として宮殿に上がる機会を得ました。
政略結婚した大柄なドイツ人妻アン・オブ・クリーブスがどうしても気に食わず、すぐに離婚したヘンリーは、宮廷に現れた無邪気で若いキャサリンにあっという間にメロメロになりました。そして、アンとの離婚後まもなくして二人は結婚しました。(ヘンリーの心の隙間を埋めるべく、キャサリンを宮廷に送り込んだ狡猾な伯父ノーフォーク公爵の思惑通りだったとも)
物凄く歳の差のある夫でしたが彼女が断れるはずもありません。諸外国の王女たちのように「私の首がもう一つあったなら、、、」なんてことも、恐ろしくて言えません…。贅沢をさせてもらえる、それだけでしょう。ヘンリーは彼女に、豪華なジュエリーやドレスのプレゼントを贈り、無邪気に喜ぶ若妻を見て幸せだったのです。
彼女は施設と言えどもほぼ放任状態で育っていたので、読み書きができる程度で、きちんとした教育は受けていませんでした。彼女の生年月日もわかっていませんが、この頃は恐らく17歳くらいだっただろうと言われています。
彼女は結婚後、ふた回り以上年上の肥満体中年男(しかも脚が腐っている)よりも、やっぱり若くハンサムな年相応の男性に夢中になりました。それはヘンリーの身だしなみ係、トーマス・カルペッパー(Thomas Culpepper)でした。
若いキャサリンとカルペッパーは、ヘンリーの行幸でイギリス各地に出掛けた先で、ひそかに逢瀬を重ねるようになりました。その場所の一つは、現在も残っています。⇩
全国行脚から戻り、ハンプトン・コートのチャペル・ロイヤルにいたヘンリーのもとに、カンタベリー司教からキャサリンの不貞を知らせるメモがそっと手渡されました。
それを読んだヘンリーは怒り狂い、キャサリンは直ちに逮捕されたのです。
サイオン・ハウスで処罰を待つキャサリン
展示によると、サイオン・ハウスに連行されたキャサリン・ハワードには、部屋が2つ割り当てられたそうです。彼女には粗末で質素なものが相応しいとして、部屋から豪華な布(恐らくタペストリーのこと)や装飾品が全て運び出されてしまいました。
服はお気に入りの6着のみが許され、彼女はゴールドのトリムのついたフレンチ・スタイルのドレスを選んだそうです。しかしながら、ジュエリーはすべて没収されました。
元々頭の軽いキャサリンの精神は非常に不安定で、裁きを待つ間、気分のUp Downを何度も繰り返したそうです。ある時は完全な絶望感に襲われたかと思うと、またある時は若者らしく希望を持ち・・・という風に。
彼女の過去が災いに・・・
留置から1週間、キャサリンから女王のタイトルが剥奪されました。その2日後、起訴されました。
捜査の過程で、彼女には施設時代にふしだらな過去があったことが明らかになりました。ヘンリーの10代の女性に対する希望的観測に反して、彼女はすでに施設時代に二人の男性と関係を持っていたのです。
ただこれは彼女のいた環境と相手の男性がかなり年上だったことを考慮すると、15歳前後の彼女に落ち度はなく、騙され手懐けられた被害者だったということが実際でしょう。キャサリンら子女たちはこの施設で十分な世話や教育を受けていなかった上に、この施設では夜間の施錠もゆるく、男性の出入りは自由だったそうですから…。
だから彼女に落ち度はありません。私はそれよりも、(美人ではない)アン・ブリンの賢さに惚れたヘンリーが、そもそも何故知性に劣る彼女にそれほどメロメロになったのか、そちらの方が不思議でなりません。
彼女の運命を考えると、惚れられた彼女にとってはいい迷惑ですよ。
18歳で散ったキャサリン・ハワードの命

彼女は、ここサイオン・ハウスに3か月留置されました。結局、ヘンリーによる恩赦はなく、君主に対するTreason(反逆・背信)の罪で死刑を宣告されてしまいます。
処刑場ロンドン塔に連行されるとき、泣き叫び暴れ、必死で抵抗するパニック状態の彼女を、役人らは力づくで船に押し込まなければならなかったそうです。
テムズ川を船で通過する際には、ロンドン橋の南側のゲートハウスに突き刺さったかつての恋人たちの切り落とされた頭が目に入ったことは間違いないようです。(かかわった男性たちは早い段階で処刑されていた)
ロンドン塔に収監されると、3日後の朝7時過ぎ(9時説もあり)に塔内のタワー・グリーンで処刑(打ち首)が執行されました。イギリスの女王として、アン・ブリンに続く2人目の処刑された女王となりました。
彼女は処刑前日、部屋にブロック(処刑の際頭をのせる木の台)を運んできてもらい、首を切り落とされる練習をしたと言われています。
ヘンリーの眼に留まらなければ、18歳(推定)で命を絶たれたりせず、彼女なりの人生が送れたかもしれないと思うと可哀そうですね。アンフェアに多くの人間を処刑した暴君ヘンリー8世、あの世で一体どんなポジションにいるのでしょうか。
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★サイオン・ハウスに行ってみよう! Syon house info.
☆エステート内に、ヒルトン・ホテル、トラウト・フィッシング、ガーデン・センター、森林学校、カフェ&ショップなどいろいろ施設あり。