イギリスを訪れる観光客(特にアジア圏から)に大人気のお店、アフタヌーン・ティーを体験するティー・ルームとしても連日予約でいっぱいのフォートナム&メイソン(Fortnum & Mason)。
このお店とスチュアート朝時代のアン女王には深い関係があることを知りました。そこでまとめてブログに書き残しておくことにしました。(アン女王は、私がエリザベス1世の次に好きな女王です!)

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始まりはパレス・ワックス🕯️

店名のフォートナム&メイソン(以下F&M)でわかるように、ここはフォートナムとメイソンという2人の人物が始めたお店です。
2人のうちMr. フォートナムは、元々は腕のいい大工さんでした。1666年のロンドン大火の後の街の再建のために、地方からロンドン(メイフェア)に大工としてやって来ていたのでした。
ロンドン大火が起こったのは、2代前のチャールズ2世の時代。ロンドンの街の再建も落ち着き、時代はアン女王の治世になっていました。
その頃、Mr. フォートナムは大工から転身して、アン女王の宮廷のフットマン(召使い)になっていました。彼の仕事は、宮廷中の照明=ロウソクの管理でした。
当時宮廷では、照明には毎日”新しい”ロウソクを使わなければならないという決まりがあり、その結果、ロウソク係りのMr. フォートナムの元には、使いかけのロウソクがどんどん溜まっていきました。
毎日毎日、大量に溜まっていくロウソクを見て、Mr. フォートナムは思いつきました。このろうそく(パレス・ワックス)を(自分のものじゃないのに)売って儲けよう!💡💡💡
そして本当に売ってしまいました。電灯のない時代です。よく売れました。しかもタダで仕入れてますから儲かりました。
やがてMr. フォートナムはロウソクと一緒にグローサリー(食料品)も売って商売したいと思うようになりました。そして彼は、当時住んでいたメイフェアの家の大家、Mr. メイソンを誘いました。理由は、彼がテナントの入っていない部屋を1室持っていることを知っていたからです。
Mr. フォートナムは、その部屋を商売に使いたくて、Mr. メイソンを自分のビジネスに引き込みました。
こうして、ふたりはパートナーとして1707年、F&Mをオープンさせたのです。
一召使の起業した店を訪ねたアン女王

Mr. フォートナムは自分のグローサリー・ビジネスで十分なお金を稼ぐようになったところで、フットマンの職を辞めることにしました。
この時、宮廷でアン女王と言葉を交わす機会があったようです。彼が女王に退職の意思を伝えると、女王は彼の退職を認め、快く送り出してくれたのだそうです。
それだけでなく、アン女王は、元一召使が始めたお店に、後日わざわざ足を運んでくれました。
F&Mは女王陛下が訪れたお店、ということで話題を集め、上流階級のお客様もこぞって訪れる大人気店となりました。
F&Mにはドア・マンがいて、お店に入るときにドアを開けてくれます。これは上流階級のお客様が訪れていた当時の名残りです。ドア・マンがいるグローサリー・ショップなんて、恐らくF&Mだけだと思います。
アン女王に感謝を込めて

Fortnum & Mason [ Queen Anne ] Tea
その後も順調に発展していったF&Mでは、きっかけとなったアン女王に感謝の気持ちを込めて、事業開始からちょうど200年経った1907年、「QUEEN ANNE(クィーン・アン)」というブレンドの紅茶を発売しました。
アッサムとセイロンのスッキリとした味わいで、時間を問わず頂ける紅茶です。
F&Mの歴史の詰まったシグニチャー的な紅茶「クィーン・アン」ブレンドを、お土産に選ばれてみてはいかがでしょう。
☆Fortnum&Mason(フォートナムメイソン)ホームページ
映画『女王陛下のお気に入り(The Favourite)』の女王陛下はアン女王のこと
すごい女王なのにあまり歴史に登場しなくて影の薄いアン女王が、数年前に映画になりました!
アン女王をオリビア・コールマンが、女王陛下のお気に入りの座を争う2人の貴族女性を、レイチェル・ワイズ(サラ・チャーチル役)とエマ・ストーン(アビゲイル・ヒル役)が演じています。
アン女王はこの映画の中で少し奇異な人物のように描かれていますが、17人の子供を亡くしながら、自身の体調不良・メンタル不調と戦い勤勉に仕事をこなした良い女王というのが本当の評価です。
その上実はとても戦略的で頭が良く、彼女の判断力・決断力はとても優れていたと言われています。
のちのビクトリア女王もエリザベスⅡ女王も、アン女王の統治スタイルを模倣しています。彼女にはもっと評価されるべき功績がたくさんあるのです。(後日、記事を書きたいと思います)
映画は、エリザベス1世の育ったハットフィールド・パレスのあるハットフィールド・ハウスとハンプトン・コート宮殿で撮影されました。ハンプトン・コート宮殿は、実際にアン女王のお住まいでした。
後日ハンプトン・コート宮殿で行われた映画完成後のエキシビションで、映画に使用された衣装の展示があり、見に行きました。
アビゲイルの衣装が破れてボロボロだったことが、とても印象に残っています。撮影って結構激しいものなんだなと思いました。
もちろん写真も撮ったのですが、当時使っていたPC(東芝ダイナブック)が突然壊れてしまって、ファイルに入っていた写真やドキュメントなどすべて取り出せなくなってしまいました。経営が傾いていた東芝製品はイギリスでメンテナンスをやめてしまったのです。世界的にマイナーな日本製PCはもう買わない方が安全ですね。
☆おまけ☆ サラ・チャーチルはウィンストン・チャーチルの・・・

アン女王の元お気に入りサラ・チャーチルは、女王の少し年上でメンター的な存在だっただけでなく、その賢さで女王を操るほど絶大な影響力を持っていた女性でした。
チャーチル家の邸宅「ブレナム宮殿」は、アン女王からサラとサラの夫マールボロ公爵へプレゼントされた宮殿です。

20世紀のイギリスの首相、WW2を勝利で集結させた英雄と言われているウィンストン・チャーチルは、彼女の子孫にあたります。彼はこのブレナム宮殿で生まれました。かなり昔に見学したことがあります。
誕生した部屋をかすかに覚えています。確か彼はチャーチル家ではあるけれども、公爵のタイトルを継承する立場ではありませんでした。ですが、Sirの称号を国王から与えられて、Sir winston churchillになりました。
久々にこのブレナム宮殿を見に行こうと思っています。子供が小さい時に遊んだプレイ・エリアはまだあるでしょうか。楽しみです。