チャールズ(元皇太子)は「チャールズ3世」を名乗りたくなかった?

|スペアだったチャールズ1世

白馬に乗り王笏を持ったチャールズ1世の肖像画
チャールズ1世<Charles Ⅰ> 画像:Wikimedia Commons/Public Domain
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チャールズ1世 画像:Wikimedia Commons/Public Domain

|オリバー・クロムウェルの「清教徒革命」

チャールズ1世の処刑@バンケティング・ハウス   画像:Wikimedia Commons/public domain

実は彼が起こした市民戦争は、イギリス国内に200万人もの犠牲者を出していました。

裁判でチャールズ1世は ‘tyrant, traitor, murderer and public enemy’ (暴君、反逆者、殺人者、市民の敵) だとされました。

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\チャールズ1世の処刑に関する過去記事/

|オランダで亡命生活を送る

トーマス・クロムウェル 画像:Wikimedia Commons/public Domain
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レガリア(王笏と宝珠)を持ったチャールズ2世
チャールズ2世<Charles Ⅱ>の戴冠 画像:Wikimedia Commons/Public Domain

チャールズ2世は、1660.4.4、オランダのブレダから「ブレダ宣言」を発して王位復帰を宣言しました。英議会はこれを受け、1660.5.1、チャールズ2世の王位復帰を受諾。

こうしてチャールズ2世は、イギリスに国王として戻ってくることになりました。国王となったチャールズ2世は、5月30日、ちょうど30歳の誕生日と重なった日、華々しくロンドン市内をパレードし『王政復古』で国民を喜ばせました。

|王権の象徴「レガリア」を新調

さて、新国王として神に誓う儀式「戴冠式(コロネーション)」が待っていました。

ところが、華々しいものをことごとく破壊していったトーマス・クロムウェルは、王室が代々所有する貴重な財産である「レガリア(王笏と宝珠)」さえも例外なく破壊してしまっていました。

新国王が戴冠式の時だけ使用するレガリア(王笏と宝珠)は、「王権の象徴」です。

チャールズ2世は、自分の戴冠式のために新たにレガリアを発注しなければなりませんでした。肖像画の中で使用されているレガリアは、この時に新調したものです。以降の君主はみなこの絵と同じレガリアを戴冠式で使用しています。

処刑地タイバーンで行われたクロムウェルの処刑 画像:Wikimedia Commons/Public Domain

父の処刑を承認する書類にサインした者たちは次々に処刑されました。

オリバー・クロムウェルと死刑判決を宣告した裁判長のジョン・ブラッドショーの二人はこの時既に死亡しておりウェストミンスター寺院に埋葬されていましたが、ふたりの遺体は掘り起こされ、処刑地タイバーンへ運ばれました。チャールズ2世のウェストミンスター寺院での戴冠式の日(1661.4.23)に実行されました。

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|「オリバー・クロムウェル」像の先には「チャールズ1世」の像(頭)がある

オリバー・クロムウェルの顔の向く先に設置されたチャールズ1世の像  ©楓香

ウェストミンスターに行くと、Parliament(国会議事堂)の敷地内に立っているオリバー・クロムウェルの像の先に、わざわざチャールズ1世の頭(像)を設置してあるのを見ることが出来ます。

©楓香/堂々と前を向くチャールズ1世の頭部像

イギリスらしいブラック・ユーモアを見せてもらって嬉しい限り。

でもこの表情(反省している)だから、立派な像を建ててもらいここにいるのが許されているのかもしれないですね。(本当は、歴史を繰り返さないように議会を尊重しようという意味があります…。国会議事堂です)

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|愛人ネル・グウィン

ネル・グウィン   ©楓香
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©楓香 街で見かけたパブの看板

|王族に絶対付けない名前

これからは、アンドリュー<Andrew>も禁忌になりそうですね…。ヘンリーはぎりぎり、セーフでしょうか…?

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