V&A(ヴィクトリア&アルバート美術館)で開催されているガブリエル・シャネル展見学を終えたあと、JAPANセクションとBRITAINセクションの展示を見て回りました。
lINK: ガブリエル・シャネル展@ビクトリア&アルバート(V&A)美術館①
lINK: ガブリエル・シャネル展@ビクトリア&アルバート(V&A)美術館②
イギリスは日が暮れるのが早くなってきたので、4時くらいにはここを出たいと思っていました。そうするとあと2時間半くらいしか時間がありません。美術館のマップを見ると、BRITAINセクションは、遠慮がちに最上階3階の隅っこにありました。V&Aは広すぎるくらい広いので、BRITAINセクションに急いで直行しました。
contents :
V&A美術館の成り立ち
英王室関連のものを早く見たくてワクワクしてます。実はじっくり見たことがないのです。
途中、V&A美術館を設立したビクトリア女王の肖像画がありました。

実際は、彼女は当時の女王であったというだけで、彼女の優秀な夫アルバートがほとんど全ての仕事をやっています。彼は相当のやり手ビジネスマンでした。
彼は、ハイドパークにクリスタル・パレスを建築し、世界初の「万国博覧会」を開催しました。万国博覧会は大成功を収め、入ってきた莫大な収入でこのあたり一帯の土地を取得し、この美術館と隣りの自然史博物館を建設しました。
ビクトリア時代にイギリスで産業が発達したのは、科学技術の発展に大いに興味のあったアルバートが、学問や産業を後押ししたことが大きいと言われています。
ビデオ・ルームでは、このV&A美術館成り立ちの物語が上映されていました。

現在このクリスタル・パレスは移築され、ロンドン郊外のクリスタル・パレスにあります。

アルバート王子は、イギリスの国民が身分・経済力に関係なく国内外の最先端の技術・文化に触れることができるよう、入場料をフレキシブルに設定しました。すると、当時発達した鉄道を利用してイギリス中から見学者が訪れるようになり、万国博覧会は大成功を収めました。

ビクトリア女王は、19世紀イギリスの目覚ましい発展をけん引した夫アルバート王子の像を、ケンジントン・ガーデンの中に、ビクトリア&アルバート美術館と自然史博物館の方角を向いて建てました。
王侯貴族の贈り物「ミニチュア(Miniature)」コレクション
ミニチュア(ミニ・ポートレート)のコレクションの展示室がありました。ミニチュアは、チューダーからスチュアート王朝に掛けて流行った、手のひらサイズの肖像画です。国王が忠誠を誓わせるために貴族たちに贈ったり、親しい間柄の人へ今でいう写真代わりに贈ったりしていました。
イギリスには結構な数のミニチュアが残っています。以前はあまりミニチュアには興味がありませんでした。でもイギリス王室の歴史について結構勉強したので、今は楽しめるかもしれません。コレクションの中から知ってるお顔を探してみることにしました。
知ってるお顔、つまり歴代英国君主を見ると、古くは1500年代後半のエリザベス1世から、最後は1600年中頃のジェームス2世までのものがありました。V&Aには私の大好きなエリザベス1世のミニチュアが3つ展示してありました。

一番上のミニチュアには、イタリア語で「ELISABETHA Regina Anglia」と書かれていて、「ELIZABETH Queen of England【イギリス女王エリザベス)」という意味だそうです。

イギリスでは、エリザベス1世の時代と次のジェームス1世の時代にミニチュアが特に盛んに制作されました。その後ブームはフランスに移ったようです。
エリザベス1世と次のジェームス1世は、君主への忠誠の証としてミニチュアを大いに利用しました。元々スコットランドの王だったジェームス1世は、特に多く作らせ配ったようです。
スチュアート王朝のコレクション

ジェームス1世がお気に入りの宮廷人や外国の大使などに、ギフトの一つとして贈っていた品物。
白い革と刺繍が施された美しいグローブ。Royalですね~😍
ミニチュアといえば、ボンド・ストリートにあるウォーレス・コレクションには、もっとたくさんのミニチュアがあるかもしれません。今度また改めてじっくり見学してこようと思います(行きたいところがたくさんあって大変💦)ただ、ウォーレス・コレクションも入館無料なので助かります。
|チャールズ2世のロイヤル・オーク

これは有名なチャールズ2世のロイヤル・オーク🌳の絵です。わざわざ木の中に入ってます。
父チャールズ1世率いる王党派とオリバー・クロムウェル率いる議会派が戦った市民戦争のうち、 Worcester の戦いに参戦した息子チャールズは敵から逃れるためにイングリッシュ・オークの大木の中に隠れました。彼は敵から見つからずに済み、のちに国王「チャールズ2世」となったので、「ロイヤル・オーク」と呼ばれるようになったというエピソードを描いています。
|チャールズ1世の胸像

チャールズ1世は、イギリスの君主の中で唯一、首をはねられて処刑された国王です。
現国王チャールズ3世が、王位継承に際してチャールズではなく、ミドルネームを使ってジョージ7世を名乗りたかったのは、この先代チャールズの処刑の歴史が理由だと思われています。あり得ますね。
イギリスは絶対王政を譲らず議会を軽視したチャールズ1世が処刑されて、オリバー・クロムウェルを護国卿とする共和制の国になりました(清教徒革命)。
ところがところが、、、絶対王政を嫌ったはずの議会派のクロムウェルは、権力を手にした後、まるで王のように振る舞うようになりました。議会制で何事も決定されるはずが、自分の子供という理由で自分のぼんくらな長男に護国卿の身分を継承させました。王位継承との違いは何?国民は疑問を抱き、本物の王の存在を求めるようになりました。

ロイヤル・オークのチャールズ2世は、処刑されたチャールズ1世の長男です。
亡命先のオランダから議会によってイギリスに呼び戻されました。こうして、再びイギリスは君主制に戻りました🎉🎉🎉
これを歴史で習った「王政復古」といいます。
父を処刑されたチャールズ2世が国王となり、オリバー・クロムウェルは大変なことになりました!!(死んでますけど。)⇩⇩⇩
さてさて、チャールズ2世は大変な女好きで有名でした。凄すぎて映画も出来たくらいです。愛人の女性たちとの間にはたくさんの私生児がいたそうです。
残念なことに肝心な妻との間には子供ができず、王位継承権は弟のジェームス2世へと引き継がれることになりました。
|ジェームス2世のミニチュア

弟に継承された王権ですが、それには深刻な問題がありました。イギリス風にいうと、Big no no!ということになります。
それは、ジェームス2世がロイヤル・ファミリーでありながらカソリック教徒だったことです。
イギリスは、およそ100年ほど前のヘンリー8世の時代にプロテスタントの国になっていました。同じキリスト教ですが、宗派が違えば異教者となります。メアリー1世時代のように火あぶりにされたり、君主が暗殺のターゲットになる不安定な国家の再来が恐れられました。
ジェームス2世一代限りと黙認していた議会は、ジェームス2世が国の重役にカソリック信者を起用したり、息子が生まれたことで危機感を抱き、行動を起こしました。そのことがのちに「名誉革命」と呼ばれる出来事となりました。
その当事者が、このミニチュアにある「ジェームス2世」と娘「メアリー(2世)」でした。
つまり、カソリックの父ジェームス2世はフランスへ亡命し、プロテスタントとして育てられていた娘メアリーが英議会の要請を受け、戦うことなく夫ウィリアムと共にイギリスの王座に就いたのです。
イギリスの王室の歴史はドラマチックで面白いですね!楽しくて止められません。
王位継承ラインをまとめ
ジェームス2世までたどり着いたところで、v&aのミニチュア・コレクションで見られる歴代王たちを王位継承順でおさらいしたいと思います👑
エリザベス1世➡️スコットランドからジェームス6世(イギリスでジェームス1世となる)➡️チャールズ1世➡チャールズ2世➡️ジェームス2世
ではミニチュアの展示室を出て、次に移動したいと思います。⇩
* * * * * * * * * * *
🤳おまけのV&A🤳

途中、イギリス・セクションで何とも個性的な男子に遭遇しました。黄色いタイツが可愛いですね。思わずパチリ!
* * * * * * * * * * *
★ビクトリア&アルバート美術館<Victoria &Albert Museum> Info.
Hp ; The family of art, design and performance museums · V&A (vam.ac.uk)
アドレス: ヴィクトリア&アルバート博物館 – Google マップ