今回のロンドン散歩♡は、Chelsea(チェルシー)です。そして、②に引き続きチェイニー・ウォーク(Cheyne Walk)というテムズ川沿いの道を歩きました。
チェイニー・ウォークは、かつてチューダー朝時代のヘンリー8世のマナー・ハウスがあったり、ビクトリア時代にはロゼッティややターナーが住んだりと、著名人、芸術家に愛されてきたセレブリティな通りなのです。
それゆえ「チェイニー・ウォーク」というと、チェルシーではプレステージなアドレスなのだそうです。なので、あのロック歌手のミック・ジャガーさんも、かつてはこのチェイニー・ウォークの住人だったんですよ。(今回訪ねています!)

イギリスには、ブルー・プラーク(Blue Plaque)と呼ばれる、著名人や有名人ゆかりの建物であることを示す円形の青いプレートのついた建物が多数あります。人気のチェイニー・ウォークには、ブルー・プラークのついた建物が幾つも点在しています。今回の、チェルシー散歩では、これらブルー・プラークのついた建物を巡るのが一番の目的で楽しみです。ミック・ジャガーさんのお宅も、将来はブルー・プラークが付くのではないでしょうか☆
今回の散歩で訪ねたほかのブルー・プラークのついたお宅はこちら⇩
ロンドン散歩♡Chelsea(チェルシー)①~King’s Road~
ロンドン散歩♡Chelsea(チェルシー)②~ブルー・プラーク(Blue Plaque)を訪ねて~
ロンドン散歩♡Chelsea(チェルシー)④~ブルー・プラーク(Blue Plaque)を訪ねて~
Contents :
「James Bond」作者イアン・フレミング(Ian Fleming)の住んだアパート


Cheyne Walk にある凝った壁面装飾のある、いかにも高級なアパート。
ここは、James Bond を生んだ作家の イアン・フレミング(Ian Fleming)が暮らしていたアパートだそうです。
ここであの007シリーズを書いたのかな?と思ったら、残念ながら、書いたのはここではなくジャマイカの別荘でした…。
ブルー・プラークは見つけ損ないました。同じくCheyne Walk のご近所、画家ターナー(W.J.M.Turner)(£20紙幣の顔)の旧宅には、彼のお母さまが暮らしていたそうです。きっとご近所に呼び寄せたんですね。
Cheyne Walk の中心にある5つ星レストランNo. Fifty Cheyne

イアン・フレミングのアパートの隣には、No. Fifty Cheyne というレストランがあります。
前を通った時は閉店時間だったようで様子がわからなかったのですが、 British Cuisine を提供するレストランのようです。
若干お高めですが、レビューはすごく良く、ほぼ5つ星。
Homepage を見ると、お肉のロースト料理などがっつり系のお料理が多いみたいです。イギリス人の週末の定番サンデー・ローストは大人気な様子。近くに住んでいたら、通いそうなお店です。

King’s Road にはショップはたくさんあるけれど、レストランはあまりないので、ここを知っているとお役立ちかもしれません。ほぼ毎月、女子会(ランチ会)をやっているので、お店の候補にもいいです。

藤棚のデコレーションがいいですね。女子受けしそうなインテリアです。上の階ではなんとウェディングもできるそうです。
この2軒隣り(とは言わないか)は、ある有名人の住んでいたお宅なので話題性もバッチリです。
イギリスを代表するロック・スター★ミック・ジャガー(Mick Jagger)さんの旧宅

そう、2軒隣りの有名人とはイギリスを代表するロックシンガー、ミック・ジャガーさんのことです!エリザベス女王から、Sir のタイトルを頂いているので、サー・ミック・ジャガー(Sir Mick Jagger)さんですね。白亜の上品なお宅です。

やっぱり、成功したアーティストとしてこのCheyne Walk のアドレスを手に入れたということでしょうか。1968年に購入して、数年後には売却したそうなので、住んでいたのは結構前みたいです。
将来はこちらの壁にブルー・プラークがつくのでは?と予想しています。先ほどのレストランNo. Fifty Cheyne にも通ってたのでは?
さて、Cheyne Walk をもう少し東に向かって歩き、Oakley Street を少し入ると、ブルー・プラークのついたお宅が2軒ありました。うち1軒は、エッ、ロンドンにこの人が?!という意外な人のお宅でした。
南極探検家 Robert Falcon Scott


中学生の時の英語の教科書で勉強したスコット隊長の南極探検の話はこの人のことですよね。上の写真に見覚えがあります。
他に教材で取り上げられたストーリーの記憶は全くないのですが、このスコット隊長の南極探検隊の話だけはインパクトがあり、はっきりではないですが覚えています。
全員が亡くなり帰還できなかった悲劇なのですが、過酷な環境で生きるのが精いっぱいな状況の中、写真や記録を死の直前まで残していて、その隊長としての義務感に感心したのを覚えています。
イギリス人っていろいろなことに対して先駆者である場合が多いですが、未開の領域に挑んでいくイギリス人のパイオニア精神は深く尊敬します。
南極と言えば、ちょうど今友人が数週間かけてご夫婦で南極を訪れています。メールや写真を送ってくれるのですが、いつも気温がマイナス一度くらいみたいです。
吹雪くこともなく、快晴の中、流氷やペンギン(時々アザラシ)を毎日眺めているようです。ロンドンでも時々マイナス1度になります。だったら北ヨーロッパは南極よりもっと寒いのでは?
ジャケットを着ないでデッキに出てくることもできるほど暖かいみたいで、そんな気温では氷がどんどん溶け出すはずですね。地球は確実に温暖化してますね。
因みに、南極旅行ですが、宿泊はテントの中ではなく、大きな客船の中です。サービスもお食事も美味しく、友人は満足しています。お刺身食べてた。(かなりリッチな旅行です!)
ジャマイカ(Jamaica)のレゲエ歌手ボブ・マーレイ(Bob Marley)

南国ジャマイカのレゲエ歌手が、この雨が多く薄暗く寒い日が多いロンドンで一体何をしていたのでしょう?
しかも極寒の南極へ行ったスコット隊長の家がすぐそばに!何て対極的!
一生懸命南国をイメージして曲を書いていたのでしょうか??イギリスとレゲエ音楽が結び付かず、ここで作曲したとは驚き以外の何物でもなく、、、あぁビックリ。
Spotifyです。聴いてみてね♬
さて、テムズ川岸にあるCheyne Walk からは橋が2本かかっていました。バタシー橋とアルバート橋です。このうちアルバート橋がとっても可愛い橋だったのでご紹介したいと思います。
Cheyne Walk から対岸にかかるアルバート橋(Albert Bridge)

薄いピンクと黄緑色でペイントされた可愛いアルバート橋(Albert Bridge)。
視認性がよくなるようにこの色でペイントされたということです。夜になると4,000個のLEDでライトアップされるみたいです。
写真の中央に見える小さな小屋はもともと有料橋だったアルバート橋の料金所。今は料金を徴収していませんが、橋の入口がとても狭くなっていて、スイスイとは通れない仕組みになっています。デザインも繊細ですが、実際にあまり丈夫な橋ではないらしいので、交通量を減らす工夫がされているようです。

ビクトリア時代に、ビクトリア女王の夫プリンス・アルバート(Prince Albert)の助言で橋が建設されることになったそうです。となりにはビクトリア橋(Victoria Bridge)があり、夫婦で並んでいます。橋を渡ると、バタシー公園があります。
ヘンリー8世(Henry Ⅷ)がCheyne Walk にマナー・ハウスを所有

アルバート橋を横目にもう少し歩くと、チューダー朝時代(1500年代)のヘンリー8世のマナー・ハウス(Manor House)跡地がありました。彼のメンターであり大法官だったトーマス・モアもこの地に居を構えていました。
移動手段として船が一番便利な時代でしたので、テムズ川沿いには宮殿や有力貴族のお屋敷などがたくさんありました。その昔、チェルシーは王族らの遊び場だったようです。
青いプレートを読むと、マナー・ハウスは1753年まで残っていたみたいです。ところが、最後の所有者ハンス・スローン卿(!)が亡くなった後、取り壊されて現在ある住宅に建て替えられてしまったよう。(残念!!!残念以外の何物でもない)
ただ庭は残っていて、エリザベス1世が植えたと伝えられている桑の木もあると書いてありました。そこで、庭と桑の木を見に行ったのですが、それらしいものは見当たらず、??な結果に…。
実は以前にも見に行ったことがあります。その時もわからず、今回も特定できず…。庭と桑の木はどこ???
500年前のヘンリー8世から現代のミック・ジャガーまで、テムズ川沿いの古い道Cheyne Walkは面白い!
来て良かった☆ 更に東に歩いてブルー・プラーク巡りを続けたいと思います。
④に続きます。